空調ウエアの使用シーンが広がっている今
土木や工事などの建設現場をはじめ、警備やイベントスタッフなど、さまざまな仕事の現場で目にするようになった空調ウエア。背中や腰まわりがほんのり膨らんだ姿に、“作業着”のイメージを持つ人も多いだろう。ところが今、その空調ウエアに変化が起きている。猛暑や熱中症への関心が高まるなか、ファッション性を備え、ビジネスシーンでも着用できるものが登場しているのだ。なぜ「仕事着」と空調ウエアが結びついたのか。今回は、ビジネスシーンにも対応する空調ウエアの開発に携わった青山商事の商品第一部・宮園さんに、その背景や空調ウエアの現在地について話を聞いた。
【図解】あなたは見分けられる? スーツとワークウエアの“ネイビー”徹底比較
■なぜ、スーツ屋が“空調ウエア”を作るのか?
職場における熱中症による死傷者数が、過去最多となった2025年。その数はなんと1,803人にものぼる。近年の猛暑を背景に、熱中症対策はもはや個人だけの問題ではなく、企業にとっても重要なテーマとなっている。
そのような中、注目を集めているのが空調ウエアだ。これまで空調ウエアといえば、建設・製造・物流など、屋外や暑い環境で働く人のための“作業着”というイメージが強かったが、カジュアルブランドやセレクトショップとのコラボ商品も続々登場。スタイリッシュなアイテムも増えている。企業が従業員の熱中症対策として導入する動きに加え、通勤や営業はもちろん、スポーツや通学など、さまざまな場面で暑さ対策への意識が高まり、「空調ウエア=ワーカー向け」という構図も、少しずつ変わり始めているようだ。
「昨年、国から急遽指示が出て、企業が一斉に熱中症対策を進めることとなりました。空調ウエアにかなり需要が集中してしまったんです。その流れから今年は市場自体が拡大していて、需要はワーカーの方だけでなく、小学生やスポーツをされている方にまで広がってきている。ワークウエアというところだけでなく、皆様の生活にどんどん根付いていくものになるんじゃないかと感じています」
そう話すのは、青山商事の商品第一部・宮園さん。こうした変化を見据え、「お客様が選びやすいものを準備する」という発想から、同社は空調ウエアの開発に乗り出した。開発にかかった期間は約1年だという。
「空調ウエアを“作業着”ではなく、日常のビジネスウエアとして着るには、ファンやバッテリー、そして空気を入れることで生まれる独特の膨らみなど、作業現場では合理的だった特徴が改善しなければならない課題に変わります。日常の服に置き換えることは、相応の壁を感じる作業でした」
■“涼しい服→着たい服”に変える挑戦 「服」としての再設計
ワークシーンを前提に生まれた空調ウエアは、これまで機能性や使いやすさを追求して進化してきた。大型のバッテリーやファン、ポケットの数や配置、ファン稼働時の膨らみなど…そのどれもが作業現場では合理的な仕様だ。しかし、日常やビジネスシーンに持ち込むとなると、そうした特徴が違和感につながることもある。機能性を保ちながら、いかに“服としての見た目や着心地”を成立させるかが第一の課題だった。
「空調ウエアは空気を逃がしにくい素材が必要です。ワークシーンであれば、従来の素材感がぴったり当てはまりますが、一般の服で考えた場合はそうじゃない。硬さ・厚み・風合いなどに違和感があるんです。素材選びから、空調機能に加えて、“日常やビジネスウエアの服として着られるか”を検討しました」
さらに、空調ウエアの象徴ともいえる独特の“膨らみ”も普段の生活やビジネスシーンではノイズになりかねない。ファンを稼働させる以上、衣服が膨らむこと自体は避けにくいという。そこで着想したのが「膨らませない」のではなく、「膨らんでも違和感が出にくいシルエット」であり、仕事服を作ってきた経験が生きた部分でもあった。
「スーツをつくるうえでも重要なポイントである肩のラインは特に意識をしました。空調ウエアとして必要なゆとりを確保しながらも、ファンを稼働させたときにシルエットが崩れないよう、肩幅をはじめ、着丈や胸まわりなども細かく調整しました。全体にゆとりを持たせたサイズ感にすることで、膨らむことを前提としながらも、服として自然に見えるバランスを探っていきました」
■同じ「ネイビー」でも、ここまで違う? フォーマル感を出すための試行錯誤
シルエットと同じように印象を左右するのが生地の色味だ。ここにも“ワークウエア”と“ビジネスウエア”の違いが明確に出たという。
「同じネイビーでも、ワークウエアとビジネスウエアでは求められる色味が異なることに、今回の開発過程のなかで気づくことができました。生地には経糸(たていと)と横糸があって、ワーク系だと視認性を優先して発色のいい青に振ることが多いので、どちらかというとグレイッシュな色目になるんです。でもスーツ屋のネイビーは、経糸(たていと)を黒、横糸をダークネイビーにするような色の付け方をする。そうすることで深みのある濃紺に仕上がり、フォーマル感のある色合いに仕上がるんです。同じ『ネイビーがいいです』『濃い方がいいです』というだけで伝えてしまうと、全然違うものが上がってきてしまう。それは今回、痛感しました」
ほかにもポケットのカッティングやファスナー・スナップ、バッテリーの位置、コードの見え方などにも、空調ウエアならではの課題があったと明かす宮園さん。機能を成立させながら、日常着やビジネスウエアとして見たときに違和感がないか。細かな部分まで調整を重ねる必要があったという。
“涼しい”機能を備えた服を、日常やビジネスシーンでも違和感なく着られる服にする。そのためには、機能を付加するだけではなく、素材やシルエット、色、ディテールまで、“服そのもの”を見直す工程が必要だった。
「通常の開発よりもサンプル作成・調整を重ねました。涼しさという機能を前提に、服としてどう成立させるか。空調ウエアには既存の特許・技術があるからこそ、デイリーに活かせるものづくりへの工夫が難しかったですね」
■空調ウェアは「夏の服」になれるか 垣間見えたニーズの多様性
同社が空調ウエアを発売後、30~50代のビジネスパーソンから「こういう日常で使えるものが欲しかった」という声が寄せられたという。通勤や営業、外回りだけでなく、休日にも取り入れやすいことへの反応もあり、これまでの“作業現場向け”というイメージとは異なる層にも関心が広がっているようだ。販売実績も当初の計画値と同程度で、店舗によっては在庫がなくなることも。東京や大阪などではインバウンド需要も見られたという。空調ウエアが、特定の職種だけのものではなくなりつつあることがうかがえる。
こうした広がりの背景に、熱中症への意識の変化がある。通勤や営業、スポーツ、通学、休日のレジャーなど、暑さ対策が必要とされる場面はさまざまだが、現状では女性が男性用の空調ウエアを着用するケースもあるという。着ぶくれなど、体型や着用ニーズによっては新たな課題も生まれそうだ。ファンの音や服の膨らみ、バッテリーの位置など、機能性とデザイン性を両立しようとすればするほど、技術の制約も多い。空調ウエアがより広く受け入れられるためには、こうした多様なニーズへの対応も必要かもしれない。
暑さ対策を背景に、ビジネスパーソンの夏服もポロシャツやハーフパンツなど、少しずつ軽装化している。ただ、涼しさや動きやすさを優先するほど、失われがちなものもある。同社にとって、"日常着やビジネスウエア"としての品格は譲れないラインだという。
「軽装化すればするほど、どこかでだらしなさが生まれてしまうと思うんです。もともと日本人がスーツに込めてきたのは、相手に敬意を持つ装いだということ。カジュアルなTシャツであっても、光沢感やドレープ性で上品に見えるものを追求して届けていきたい。そうすることで、楽だけど綺麗に見える、楽だけどビジネスに馴染みやすいと認識してもらえる。もっといいものが欲しい、もっと便利なものが欲しいという声が、次の開発にもつながっていくと思います。私たちの役目は、まず日常やビジネスシーンでお客様に使ってもらえる環境を整えること。それが今の使命だと思っています」
"空調機能を持った服"から、"暑い夏に普通に選ばれる服"へ。空調ウエアが夏の服の選択肢として定着していくのか、その進化に注目したい。
文/黒川すい
【PROFILE】
商品第一部 副部長 宮園 孝大
2003年入社。店舗スタッフとして経験を積んだ後、商品部にて企画の現場で手腕を発揮。新たな施策となるメンズビジネスカジュアルの開発を担い、ドレスクロージングからカジュアルまで幅広く陣頭指揮を執る。"
【図解】あなたは見分けられる? スーツとワークウエアの“ネイビー”徹底比較
■なぜ、スーツ屋が“空調ウエア”を作るのか?
職場における熱中症による死傷者数が、過去最多となった2025年。その数はなんと1,803人にものぼる。近年の猛暑を背景に、熱中症対策はもはや個人だけの問題ではなく、企業にとっても重要なテーマとなっている。
そのような中、注目を集めているのが空調ウエアだ。これまで空調ウエアといえば、建設・製造・物流など、屋外や暑い環境で働く人のための“作業着”というイメージが強かったが、カジュアルブランドやセレクトショップとのコラボ商品も続々登場。スタイリッシュなアイテムも増えている。企業が従業員の熱中症対策として導入する動きに加え、通勤や営業はもちろん、スポーツや通学など、さまざまな場面で暑さ対策への意識が高まり、「空調ウエア=ワーカー向け」という構図も、少しずつ変わり始めているようだ。
「昨年、国から急遽指示が出て、企業が一斉に熱中症対策を進めることとなりました。空調ウエアにかなり需要が集中してしまったんです。その流れから今年は市場自体が拡大していて、需要はワーカーの方だけでなく、小学生やスポーツをされている方にまで広がってきている。ワークウエアというところだけでなく、皆様の生活にどんどん根付いていくものになるんじゃないかと感じています」
そう話すのは、青山商事の商品第一部・宮園さん。こうした変化を見据え、「お客様が選びやすいものを準備する」という発想から、同社は空調ウエアの開発に乗り出した。開発にかかった期間は約1年だという。
「空調ウエアを“作業着”ではなく、日常のビジネスウエアとして着るには、ファンやバッテリー、そして空気を入れることで生まれる独特の膨らみなど、作業現場では合理的だった特徴が改善しなければならない課題に変わります。日常の服に置き換えることは、相応の壁を感じる作業でした」
■“涼しい服→着たい服”に変える挑戦 「服」としての再設計
ワークシーンを前提に生まれた空調ウエアは、これまで機能性や使いやすさを追求して進化してきた。大型のバッテリーやファン、ポケットの数や配置、ファン稼働時の膨らみなど…そのどれもが作業現場では合理的な仕様だ。しかし、日常やビジネスシーンに持ち込むとなると、そうした特徴が違和感につながることもある。機能性を保ちながら、いかに“服としての見た目や着心地”を成立させるかが第一の課題だった。
「空調ウエアは空気を逃がしにくい素材が必要です。ワークシーンであれば、従来の素材感がぴったり当てはまりますが、一般の服で考えた場合はそうじゃない。硬さ・厚み・風合いなどに違和感があるんです。素材選びから、空調機能に加えて、“日常やビジネスウエアの服として着られるか”を検討しました」
さらに、空調ウエアの象徴ともいえる独特の“膨らみ”も普段の生活やビジネスシーンではノイズになりかねない。ファンを稼働させる以上、衣服が膨らむこと自体は避けにくいという。そこで着想したのが「膨らませない」のではなく、「膨らんでも違和感が出にくいシルエット」であり、仕事服を作ってきた経験が生きた部分でもあった。
「スーツをつくるうえでも重要なポイントである肩のラインは特に意識をしました。空調ウエアとして必要なゆとりを確保しながらも、ファンを稼働させたときにシルエットが崩れないよう、肩幅をはじめ、着丈や胸まわりなども細かく調整しました。全体にゆとりを持たせたサイズ感にすることで、膨らむことを前提としながらも、服として自然に見えるバランスを探っていきました」
■同じ「ネイビー」でも、ここまで違う? フォーマル感を出すための試行錯誤
シルエットと同じように印象を左右するのが生地の色味だ。ここにも“ワークウエア”と“ビジネスウエア”の違いが明確に出たという。
「同じネイビーでも、ワークウエアとビジネスウエアでは求められる色味が異なることに、今回の開発過程のなかで気づくことができました。生地には経糸(たていと)と横糸があって、ワーク系だと視認性を優先して発色のいい青に振ることが多いので、どちらかというとグレイッシュな色目になるんです。でもスーツ屋のネイビーは、経糸(たていと)を黒、横糸をダークネイビーにするような色の付け方をする。そうすることで深みのある濃紺に仕上がり、フォーマル感のある色合いに仕上がるんです。同じ『ネイビーがいいです』『濃い方がいいです』というだけで伝えてしまうと、全然違うものが上がってきてしまう。それは今回、痛感しました」
ほかにもポケットのカッティングやファスナー・スナップ、バッテリーの位置、コードの見え方などにも、空調ウエアならではの課題があったと明かす宮園さん。機能を成立させながら、日常着やビジネスウエアとして見たときに違和感がないか。細かな部分まで調整を重ねる必要があったという。
“涼しい”機能を備えた服を、日常やビジネスシーンでも違和感なく着られる服にする。そのためには、機能を付加するだけではなく、素材やシルエット、色、ディテールまで、“服そのもの”を見直す工程が必要だった。
「通常の開発よりもサンプル作成・調整を重ねました。涼しさという機能を前提に、服としてどう成立させるか。空調ウエアには既存の特許・技術があるからこそ、デイリーに活かせるものづくりへの工夫が難しかったですね」
■空調ウェアは「夏の服」になれるか 垣間見えたニーズの多様性
同社が空調ウエアを発売後、30~50代のビジネスパーソンから「こういう日常で使えるものが欲しかった」という声が寄せられたという。通勤や営業、外回りだけでなく、休日にも取り入れやすいことへの反応もあり、これまでの“作業現場向け”というイメージとは異なる層にも関心が広がっているようだ。販売実績も当初の計画値と同程度で、店舗によっては在庫がなくなることも。東京や大阪などではインバウンド需要も見られたという。空調ウエアが、特定の職種だけのものではなくなりつつあることがうかがえる。
こうした広がりの背景に、熱中症への意識の変化がある。通勤や営業、スポーツ、通学、休日のレジャーなど、暑さ対策が必要とされる場面はさまざまだが、現状では女性が男性用の空調ウエアを着用するケースもあるという。着ぶくれなど、体型や着用ニーズによっては新たな課題も生まれそうだ。ファンの音や服の膨らみ、バッテリーの位置など、機能性とデザイン性を両立しようとすればするほど、技術の制約も多い。空調ウエアがより広く受け入れられるためには、こうした多様なニーズへの対応も必要かもしれない。
暑さ対策を背景に、ビジネスパーソンの夏服もポロシャツやハーフパンツなど、少しずつ軽装化している。ただ、涼しさや動きやすさを優先するほど、失われがちなものもある。同社にとって、"日常着やビジネスウエア"としての品格は譲れないラインだという。
「軽装化すればするほど、どこかでだらしなさが生まれてしまうと思うんです。もともと日本人がスーツに込めてきたのは、相手に敬意を持つ装いだということ。カジュアルなTシャツであっても、光沢感やドレープ性で上品に見えるものを追求して届けていきたい。そうすることで、楽だけど綺麗に見える、楽だけどビジネスに馴染みやすいと認識してもらえる。もっといいものが欲しい、もっと便利なものが欲しいという声が、次の開発にもつながっていくと思います。私たちの役目は、まず日常やビジネスシーンでお客様に使ってもらえる環境を整えること。それが今の使命だと思っています」
"空調機能を持った服"から、"暑い夏に普通に選ばれる服"へ。空調ウエアが夏の服の選択肢として定着していくのか、その進化に注目したい。
文/黒川すい
【PROFILE】
商品第一部 副部長 宮園 孝大
2003年入社。店舗スタッフとして経験を積んだ後、商品部にて企画の現場で手腕を発揮。新たな施策となるメンズビジネスカジュアルの開発を担い、ドレスクロージングからカジュアルまで幅広く陣頭指揮を執る。"
