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【五輪コラム】見せた「複合ニッポン」の底力 連続金メダル以来、28年ぶり表彰台

2022/2/18 12:46 (2022/2/18 13:18更新)
 ノルディックスキー複合男子団体の後半距離で力走する(左から)第1走者の渡部善斗、第2走者の永井秀昭、第3走者の渡部暁斗、最終走者の山本涼太=17日、張家口(共同) 拡大する

ノルディックスキー複合男子団体の後半距離で力走する(左から)第1走者の渡部善斗、第2走者の永井秀昭、第3走者の渡部暁斗、最終走者の山本涼太=17日、張家口(共同)

 ある作戦が決まれば表彰台に立てるのではないかと思っていた。それはかつて日本の複合陣が一時代を築いた「先行逃げ切り」。ところが、日本チームは違うドラマを見せてくれた。前半ジャンプで4位だったノルディックスキー複合団体の日本が、後半距離でも踏ん張って銅メダルを手にした。エース荻原健司を中心に1992年アルベールビル大会、94年リレハンメル大会を連覇してから28年。4人の力を結束したメダル獲得は立派だった。

 ▽翻弄された日本勢の歴史

 ノルディック複合はスキーの王様「キング・オブ・スキー」を決める競技といわれる。しかし、本場欧州での人気はジャンプに大きく引き離されている。各地を転戦するワールドカップ(W杯)でも、ときに数万人の観衆を集めるジャンプほどの人気はない。魅力を高めようとあの手この手で、ルールや種目の変更を行ってきた歴史がある。

 1924年の第1回冬季五輪から実施されているが、長い間、ジャンプを飛んだ翌日に距離を行い、両方の得点を合算して順位を決めていた。即座に順位が分からないもどかしさが不人気の一因だった。これを解消しようとして導入したのが考案者の名前に由来するグンダーセン方式だ。

 前半ジャンプの得点を後半距離のタイム差に換算し、ジャンプの成績のよかった選手から順にスタートする。トップでゴールした選手が優勝者という分かりやすい方式で、テレビ映えもする。五輪では88年カルガリー大会から採用されている。

 新方式では、競技が盛んなノルウェー、フィンランド、ドイツ、オーストリアなど強豪国の選手が後半の距離でデッドヒートを演じるシーンが想定されていた。ところが、90年代に入って事態は思わぬ方向へ。V字ジャンプの浸透で日本選手が躍進したのだ。90年代前半にワールドカップ(W杯)で3期連続総合優勝を果たした荻原健司らが大ジャンプを連発して、後半距離のスタート時に既に大差をつけて悠々逃げ切るパターンを確立してしまった。

 92年アルベールビル大会の団体では2位ノルウェーに1分26秒、冬季大会が夏季大会の中間年に行われるようになった2年後のリレハンメル大会では地元ノルウェーになんと4分49秒の差をつけて日本が2連覇した。W杯でも日本勢の快進撃が続いた。93年の世界選手権団体では後半距離スタート時の2位とのタイム差は6分以上で、ほかのチームに「2位狙いしかない」といわせたほどだった。

 ▽日本つぶし

 この頃から「日本つぶし」とも受け取ることのできるルール改定が個人、団体とも頻繁に行われるようになった。ジャンプの得点を後半距離に換算する際の差が狭められ、それまでほど差がつかなくなった。92〜93年シーズンからW杯で個人総合3連覇した荻原健司も勝てなくなり、日本勢は主役の座を欧州勢に明け渡すことになった。

 98年長野大会前の団体の改定では、ジャンプの得点差7点が後半距離の1分差に換算されていたものが、9点で1分差になった。つまり、ジャンプで2位に10点差をつければ1分25秒差でスタートできたものが、1分6秒差に縮まったのだ。さらに3人が10キロずつを走る後半距離は4人が5キロずつと、選手をもう1人加えることが必要となった。長野大会で団体は5位に沈んだ。

 ▽リベレツの歓喜

 世界の舞台から長らく遠ざかった日本チームが再び輝いたのがリベレツ(チェコ)での2009年世界選手権だった。ルールは4人が1回のジャンプを行い、合計得点を「45点=1分」で換算してそれぞれ5キロをリレーする現行方式に変更されていた。現在のエース渡部暁斗が初めて経験した大舞台で日本はドイツと後半距離で死闘を繰り広げ、アンカーが写真判定の結果、金メダルをもぎ取った。チームとしての久々の美酒だった。

 しかし、輝いたのも一瞬だけ。再び、団体での表彰台はあと一歩手が届かず、世界選手権は17年から3大会連続の4位、五輪も18年平昌大会で4位だった。いずれも前半ジャンプで3位以内の表彰台圏内にいながら、順位を落としていた。

 ▽射止めた表彰台

 そして今大会。ラージヒル(LH)で行われた前半飛躍では、調子がいまひとつだった渡部善斗が133・5メートル、38歳の大ベテラン、永井秀昭が128・5メートルとK点越えのジャンプを見せた。だが、強豪チームも好調で4位での折り返しとなった。首位のオーストリアとは12秒差、ノルウェーとは4秒、ドイツとは1秒の差。大混戦となった。

 後半距離は第3走者の途中までは4チームが互いにけん制し合ってレースは進んだ。ここからノルウェーが抜け出し、最終走者は日本、オーストリア、ドイツの2位争いとなった。

 3チームのうちどこかがメダルを逃すシビアな状況。日本のアンカー、最年少24歳の山本涼太は粘りを見せて、競技場に入る最後の上り坂でドイツのガイガーとともにスパートした。「きついレース展開は分かっていたけど、先輩たちを表彰台に上げたかった」。0秒3差で銀は逃したが、待ちに待った表彰台を射止めた。

 渡部善は「長い間メダルを目指してやってきて、やっと取れたという感じ」と感慨深げ。38歳の永井も「最後の最後で、こんなご褒美が待っているとは」。エース渡部暁は「日本の複合チームの未来に対して、本当にいいメダルだ」と話した。(共同通信・江波和徳)