スピードスケート・ショートトラックで疑惑の判定が話題となった。開催国の“中国びいき”との批判が高まり、韓国の反中感情が高まる事態となった。中国国民も反発し、韓国選手の失格で歓声が湧いた。新型コロナウイルスの影響がなく、この会場が地元の観客で満員だったらどんな雰囲気になっていたか―。想像するだけで身震いした。
ただ、こうしたいざこざは今に始まったことではない。有名なのは2002年ソルトレークシティー五輪男子1500メートルを制したオーノ(米国)だろう。1着でゴールした金東聖(韓国)が走路妨害で失格となり、金メダルが舞い込んだオーノは反則をアピールするジェスチャーも相まって世界的な騒動となった。同じ大会では日本の寺尾悟が男子1000メートルで不可解な失格となって波紋を呼んだ。
これがきっかけとなり、06年トリノ五輪からは映像判定が導入された。それでも、歴史は繰り返す。10年バンクーバー五輪女子3000メートルリレーは1着でゴールした韓国が微妙な判定で失格となり、中国が「金」。前回18年平昌五輪は中国選手で失格が相次ぎ、開催国の韓国に対する不満が噴出した。そして迎えた北京五輪は正反対のことが起きたことになる。
転倒、失格が珍しくない競技性とはいえ、どうして五輪でこうした問題が起きるのか。平昌五輪で個人2種目の入賞を果たし、今大会でテレビ放送の現地解説を務めた坂爪亮介さんは「ショートの選手が五輪に懸けているものが違う。普段は譲れても絶対に譲れないのが五輪」と語る。日本だけでなく世界的に人気が高いとはいえないショートトラックにおいて、五輪はひときわ特別な大会。選手の目の色が変わり、接触が増えるのは当然だ。
毎シーズン行われているワールドカップ(W杯)でも微妙な判定はあるが、報道されることがないため多くの目に触れることはない。競技を見る機会は五輪だけという人も多いはず。そのたびにこうしたことが起きれば「こんな競技はいるのか」と思われても致し方ない。「4年に1度」と「日常茶飯事」。相反するような二つの言葉が同居してしまうのが、マイナー競技ゆえの悲哀や苦悩なのだろうと感じた。
日本のことにも触れたい。1998年長野五輪を最後にメダルから遠ざかり、選手たちは「好成績を収めて注目度を上げ、ショートを多くの人に知ってもらいたい」と口をそろえてきた。ただ、今大会も低迷から脱却できなかった。同じ会場のフィギュアスケートでは記者会見で日本語通訳があってもショートトラックはなし。違いを痛感させられた。
日本勢の成績が伸びず肩を落としていると、周囲から言われることがある。「ブラッドバリーのケースもあるから」。02年ソルトレークシティー五輪男子1000メートルで上位選手の衝突により“棚ぼた”で南半球初の冬季五輪金メダルを獲得したオーストラリア選手のことだ。以来、速いだけではなく勝利には運も必要というショートトラックの魅力が知られるようになった。
しかし、そんなことを期待して練習している選手はいないし、基本は強い選手が勝つ。だから「ブラッドバリー」の名前を聞くと、悔しい思いも湧いてくる。いつか日本に強い選手が現れてメダルを獲得し、マイナー競技の悲哀を歓喜に変えてほしいなあ―。そう考えた時、ああ、これはショートトラックが好きな私の悲哀か、と気付いた。(共同通信・渡辺匡)