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逃した夢、培った打の神髄 第47回県大会(1965年)出場選手 習志野・谷沢健一 【千葉高校野球ドキュメント100】(12)

 「当時の千葉日報は切り抜いて今も大切に取って置いてあるんだよ」。目尻を下げて喜び、高校時代の思い出を語ってくれた。プロ野球中日で左の巧打者として活躍し、2000本安打も達成した谷沢健一。輝き続けた打撃の原点は、習志野での3年間にあった。(敬称略)

 中学は投手で、最後は県大会の初戦で習志野一中に負けた。その年は習志野高校が初めて甲子園に出場した年でもあり、「ナラシノ」って響きがずっと頭に残っていた。

 本当は成田高校に行くはずだった。習志野は新設校だったが、インサイドベースボールをやっていた。当時はあり得なかったディレードスチールもサインプレーでやったりね。とにかく斬新で、科学的な指導法も取り入れていると聞いた。早実(東京)で監督を務めた久保田さん(高行)が習志野に...

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